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神戸地方裁判所明石支部 昭和52年(ワ)97号 判決

原告

井上誠之助

ほか三名

被告

大杖恭司

主文

一1  被告は、原告富田通明、原告井上光紀に対し各金四五万七、四一一円及びこれに対する昭和五二年九月二四日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を、原告井上昭弘に対し金二四五万七、四一一円及びこれに対する前同日から支払ずみまで前同割合による金員を、それぞれ支払え。

2  原告富田通明、原告井上光紀、原告井上昭弘のその余の各請求をいずれも棄却する。

二  原告井上誠之助の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告井上誠之助と被告との間に生じたものは原告井上誠之助の負担とし、原告富田通明、原告井上光紀、原告井上昭弘と被告との間に生じたものはこれを四分し、その一を被告の負担とし、その余を右原告ら三名の各負担とする。

四  この判決は、一の1にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告井上誠之助に対し金七二〇万九、五九〇円、原告富田通明、原告井上光紀に対し各金三四九万五、七〇四円、原告井上昭弘に対し金七九九万五、七〇六円及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二  被告

1  原告らの各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二当事者の主張

(請求原因)

一  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生と訴外井上操の死亡

1 日時 昭和五一年五月二二日午前九時五〇分ころ

2 場所 明石市上ノ丸町二丁目九番一二号先路上(市道太寺上ノ丸線)

3 事故車 普通乗用自動車(神戸五五も七五九七号)

4 運転者 被告

5 事故態様

被告が事故車を運転して、明石駅方面から上ノ丸方面へ向け時速約七〇キロメートルで進行し、本件事故現場手前のカーブ地点にさしかかつた際、センターラインを超えて対向車に衝突しそうになり、急にハンドルを左に切つて歩道上に進入し、歩道上を歩行中の訴外井上操を跳ねとばした。

6 訴外井上操の受傷と死亡

訴外操は、左側頭骨骨折、全身打撲等による肺虚脱、循環虚脱により、約二時間半後に死亡した。

二  責任原因

1 被告は、本件事故当時、事故車を保有し、これを運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、後記損害を賠償する責任がある。

2 仮に、右(一)の主張に理由がないとしても、本件事故は、被告が制限速度を約三〇キロメートル超える時速約七〇キロメートルで事故現場のカーブ地点にさしかかり、ハンドル、ブレーキ操作を誤つて歩道に進入した過失により発生したものであるから、被告は民法七〇九条により後記損害を賠償する責任がある。

三  訴外井上操と原告らの身分関係及び相続

原告井上誠之助は訴外操の夫、その余の原告らはいずれも右訴外人の子であつて、訴外操の死亡により、原告井上誠之助が三分の一、その余の原告らが各九分の二の割合で訴外人の被告に対する損害賠償請求権を相続により承継した。

四  損害

1 訴外井上操の損害

(一) 逸失利益

(1) 定年までの逸失利益

金八七一万二、二〇九円

(イ) 本件事故当時、訴外操は安田生命保険相互会社に勤務、昭和五〇年度の年間総収入は金四〇七万三、九〇二円

(ロ) 本件事故後六五歳の定年(昭和五六年三月三一日)まで約五年間右保険会社に勤務して稼働可能

(ハ) 右期間中の必要経費として収入の三割を控除し、さらに右金額から生活費として三割を控除

(ニ) ホフマン方式(係数四・三六四三七〇四一)により中間利息を控除して算出

(2) 退職金の減収による逸失利益

金一六三万四、七〇二円

(イ) 訴外井上操が前記保険会社に定年まで勤務した場合に支給される退職金

金四一六万二、七五三円

(ロ) ホフマン方式により五年間の中間利息控除(係数〇・八〇〇〇〇)

(ハ) 訴外人の死亡時の退職金

金一六九万五、五〇〇円

(ニ) (イ)の金額に(ロ)の係数を乗じた金額から(ハ)の金額を控除

(3) 定年後の逸失利益

金二三二万三、三七八円

(イ) 訴外井上操は本件事故当時満六〇歳で、その平均余命は二〇・七六年(昭和七二年二月)、就労可能年数はその二分の一とみて一〇・三八年(昭和五六年四月から同六一年九月まで)

(ロ) その間、別紙計算書1記載の期間、同「年齢別平均給与月額」欄記載の収入をあげることが可能であつた。

(ハ) 計算関係は同計算書1記載のとおり

(4) 恩給の受給利益喪失による損害(夫生存中の分)

金三九八万三、三七五円

(イ) 訴外操は、同計算書2記載の期間、同「妻の恩給年額」欄記載の額の普通恩給を受ける権利を有していたところ、本件事故による死亡により右の恩給受給権を失つた。

(ロ) 本件事故当時、訴外操の夫である原告井上誠之助は六四歳で、その平均余命は一四・四六年(昭和五一年七月から同六五年一一月まで)である。

(ハ) 右損害の計算関係は前記計算書2のとおり

(5) 恩給の受給利益喪失による損害(夫死亡後)

金二六六万五、七〇五円

(イ) 訴外操は、前記計算書3記載の期間、同「恩給年額」欄記載の額の恩給を受ける権利を有していたところ、前同様、右恩給受給権を失つた。

(ロ) 夫の平均余命期間経過後、訴外操の平均余命期間中(昭和六五年一二月から同七二年二月まで)の得べかりし恩給額の計算関係は同計算書3記載のとおり

(二) 慰謝料 金九〇〇万円

訴外操は、妻として、母として一家の支柱であり、健康で長寿を期待されていたにもかかわらず、本件事故により過失なくして生を断たれるに至つたもので、その慰謝料額は右金額が相当である。

(三) 原告らの承継額

(1) 前記(一)の(1)ないし(4)の計金一、六六五万三、六六四円に同(二)の金九〇〇万円を合算した合計金二、五六五万三、六六四円については、原告らが前記三の割合で各承継し、その金額は次のとおりとなる。

原告井上誠之助 金八五五万一、二二一円

原告富田通明、原告井上光紀

各金五七〇万〇、八一四円

原告井上昭弘 金五七〇万〇、八一五円

(2) 前記(一)の(5)の金二六六万五、七〇五円については、原告井上誠之助を除くその余の原告らが各三分の一宛承継し、その金額は次のとおりとなる。

原告富田通明、原告井上光紀 各金八八万八、五六八円

原告井上昭弘 金八八万八、五六九円

2 原告井上誠之助、原告井上昭弘の損害

固有の慰謝料 各金四五〇万円

原告井上誠之助は、長年の伴侶としてともに家庭を築き、かつ老後を共に歩むべき妻を一瞬にして失い、その精神的打撃は筆舌に尽し難い。

また、原告井上昭弘は、心身障害者であり、母の愛情と世話によつて生活してきたものであつて、その母を瞬時にして失つた精神上、生活上の打撃、苦痛は通常人と比較できないほど大きい。

したがつて、右原告両名に対する固有の慰謝料として前記金額が相当である。

3 原告らの各損害額

右1の(三)の(1)(2)記載の各原告の承継額に、原告井上誠之助、原告井上昭弘につき前記2の固有の慰謝料額を合算すると、原告らの各損害額は次のとおりとなる。

原告井上誠之助 金一三〇五万一、二二一円

原告富田通明、原告井上光紀 各金六五八万九、三八二円

原告井上昭弘 金一一〇八万九、三八四円

4 損害のてん補

(一) 原告らは、自賠責保険金から金一三九二万一、五五〇円を受領し、これを前記相続分に応じ、原告らの前記各損害に次のとおり充当した。

原告井上誠之助 金四六四万〇五一六円

その余の原告ら 各金三〇九万三、六七八円

(二) 原告井上誠之助は、右(一)のほか次の給付を受け、これを同原告の前記損害に充当した。

労災保険年金等(昭和五二年八月五日以降同五四年五月七日支給分まで)

金三五万五、三〇〇円

厚生年金(昭和五二年九月三〇日以降同五四年五月一日支給分まで)

金一二四万三、九〇五円

労災一時金

金一〇〇万円

葬祭給付(昭和五二年五月二七日)

金一一万一、九一〇円

以上合計金二七一万一、一一五円

5 弁護士費用 金一五一万円

原告井上誠之助は、被告が任意の支払に応じないためやむなく原告ら代理人に委任して本訴を提起し、その弁護士費用として、右金額を支出することになり、同額の損害を被つた。

五  むすび

よつて、被告に対し、原告井上誠之助は、前記四の3の金一三〇五万一、二二一円から同4の(一)の金四六四万〇、五一六円と同4の(二)の金二七一万一、一一五円を控除した額に同5の弁護士費用金一五一万円を加えた金七二〇万九、五九〇円、原告富田通明、原告井上光紀はそれぞれ前記3の金六五八万九、三八二円から同4の(一)の金三〇九万三、六七八円を控除した各金三四九万五、七〇四円、原告井上昭弘は前記3の金一一〇八万九、三八四円から同4の(一)の金三〇九万三、六七八円を控除した金七九九万五、七〇六円及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日から各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

(請求原因に対する被告の認否及び主張)

一  認否

1 請求原因一記載の事実は、そのうち同5の事故態様中に時速約七〇キロメートルとある点を除き、認める。右速度は時速六〇キロメートル以下であつた。

2 同二の1記載の事実は認める。

同二の2の事実中、時速の点は否認するが、本件事故が被告の過失により発生したものであることは認める。

3 同三記載の事実は認める。

4 同四の1ないし3及び5記載の主張は争う。同四の4記載の事実は認める。

二  主張

1 退職金について

原告らは、亡井上操が定年まで勤務した場合の退職金から死亡時における退職金を差引いた金額を同女の逸失利益として主張するが、退職金は本人の退職後の生活保障の目的をも有するものであるから、本人死亡による退職金の喪失が仮に同人の逸失利益と認められるとしても、その全額を遺族において費消しうるものではなく、退職金に含まれている本人の生活経費等が当然控除されなければならない。

2 恩給について

原告らは、亡井上操の死亡による同女の恩給受給権の喪失を逸失利益として主張する。しかし、本来死亡による逸失利益は、死亡者本人の稼働能力の喪失を填補するものであるところ、恩給は公務員であつた者に対し退職後の本人及びその家族の生活維持の目的のために支給されるものであつて本人の稼働能力とは何ら関係がなく、したがつて、恩給受給権の喪失は稼働能力の喪失を内容とする逸失利益にあたらない。また、本件の場合、原告らも認めるとおり、恩給受給権者である同女の死亡により遺族に対し原告井上誠之助名義で扶助料が支給されているのであるから、原告らの主張する右扶助料を差引いた恩給額は、もつぱら同女のみの生活維持を目的とするものというべく、原告らが相続すべき対象とはなりえない。

3 損害のてん補について

原告らは、亡井上操の葬儀費用として被告から金一〇七万八、四五〇円を受領した。しかして、同女の死亡による損害としての葬儀費用の額は金四〇万円が相当であるから、右の差額金六七万八、四五〇円については、葬儀費用以外の損害の支払として、原告らの損害に充当されるべきである。

4 労災保険金、厚生年金等の控除について

(一) 労災保険及び厚生年金による給付は原告らの損害額から控除されなければならないところ、右給付は将来にわたつて確定しており、少なくとも原告井上誠之助死亡まで少なくとも一二年間は確実に給付されるのであるから、将来給付される額も含めてその全額が控除されなければならない。そして、右の金額は、既払額を除き金一、三五七万五、二〇八円となる。

(二) 原告井上誠之助は、その自認する従前受領額のほかに、昭和五四年八月一日付で厚生年金として金一一万八、一七四円を、同年八月六日付で労災保険金として金一八万二、一九二円を各受領しているから、右(一)の主張に理由がないとしても、右金額は控除されるべきである。

(補助参加人の主張)

一  前記被告の主張2及び3と同じ

二  被告は、原告らに対し、本件事故による損害賠償にあてるものとして、被告主張のほかに金一一万六、九五五円を支払つたから、これを原告らの損害に充当すべきである。

(被告及び補助参加人の主張に対する原告の認否等)

一1  前記被告の主張1及び2は争う。

2  同3記載の事実のうち、原告らが葬儀費用として被告主張の金額を受領したことは認めるが、これは保険金から受領したものであり、その主張は争う。

3  同4の(一)の主張は争う。同4の(二)記載の事実は認める。

二1  補助参加人の主張一については右一の1、2と同じ

2  同主張二は争う。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因一記載の事実(ただし、本件事故直前の事故車の速度の点を除く。)及び同三記載の事実は当事者間に争いがない。

二  被告が、本件事故当時、事故車を保有し、これを運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。したがつて、被告は、自賠法三条により、本件事故による原告らの後記損害を賠償する責任がある。

三  そこで、原告ら主張の各損害について判断する。

1  亡井上操の損害について

(一)  定年までの逸失利益

成立に争いのない乙第一号証、証人井上嘉道の証言により原本の存在並びに成立の真正が認められる甲第一号証の一、同第二、三号証、右証言により真正に成立したものと認められる同第一九号証、同証言及び原告井上誠之助本人尋問の結果によれば、井上操は、大正五年三月五日生の健康な女性で、本件事故当時安田生命保険相互会社神戸月掛支社に勤務し、右勤務による総収入は昭和四八年度が金一九四万八、三五六円、同四九年度が金二七四万八、四九七円、同五〇年度が金四〇七万三、九〇二円であつたこと、右会社の定年は満六五歳と定められ、したがつて、同人は本件事故にあわなければ、おおむねなお四年九か月間は同会社に勤務して稼働できたこと、同人は営業員として保険の勧誘、募集並びに集金業務等に従事していたが、仕事の性質上かなりの必要経費を要し、同人の昭和五〇年度の申告所得額は金二三九万二、六六四円であつたことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

右認定事実から考えると、同人は、本件事故にあわなければ、なお四年九か月間は右会社に勤務することができ、その間前記昭和四八年度から同五〇年度までの平均収入年額二九二万三、五八五円の収入を得ることができたものと認められ(原告は昭和五〇年度の収入を基準に算定すべきである旨主張するが、同人の収入は、前記認定のとおり年度によりかなりの差があることが明らかであり、本件事故後定年までの間昭和五〇年度の収入額が保障されるわけではないから、前記三年間の平均収入を基準に収入額を考えるのが合理的である。)、また、その必要経費は右収入の四割程度と認めるのが相当である。

次に、右期間中の生活費の控除については、同人が後記(四)認定のとおりの恩給受給権を有していたものであり、右恩給を受けた場合これを生活費にあてることが予想しうることを考えると、控除すべき生活費は右必要経費控除後の収入額の二割程度とみるのが相当である。

そして、右の必要経費及び生活費を控除した後の同人の年間純収入は、金一四〇万三、三二〇円(一円未満切捨て、以下同じ)となることが計算上明らかである。

以上に基づき、同人の定年までの収入の得べかりし利益の事故当時における現価を複式ホフマン方式により計算すると、次のとおり金五八四万三、八四五円となる。

(1,403,320×3.5643)+{1,403,320×(4.3643-3.5643)××9/12}=5,843,845

(二)  退職金関係の減収等による逸失利益

前記(一)の認定事実に、前記甲第一号証の一、前記証人井上嘉道の証言により原本の存在並びに成立の真正が認められる同第一号証の二、三、同第四号証及び右証言を総合すれば、前記会社には月掛営業職員退職手当規程が存在し、井上操は、本件事故にあわなければ、(1)六五歳の前記定年退職時に退職一時金として金二九〇万三、七五三円の支給を受けることができるところ、本件事故による死亡時に支給された退職一時金は金一六一万四、五〇〇円であつたこと、(2)同人が定年まで勤務した場合には、勤続年数が一七年四月となり、右退職手当規程に基づき(1)の退職一時金のほかに確定年金として、定年退職後五年間年額金二〇万五、〇〇〇円の年金を受けることができること、同人は、本件事故のため、定年退職まで勤務して、右の退職一時金及び確定年金を受けることができなくなつたことがそれぞれ認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

以上の認定事実から考えると、右(1)の退職一時金の減収、同(2)の確定年金の喪失による逸失利益は次のとおりとなる(なお、被告は、これらの逸失利益の算定に際し、亡操の生活費を控除すべきである旨主張するが、同人の生活費は、前記恩給並びに前記(一)及び後記(三)の逸失利益の算定に際し控除した生活費をもつてまかなわれ得るものと判断されるから、右退職金関係の逸失利益からはこれを控除しない。)。

(1) 退職一時金の減収による逸失利益

(イ) 退職時に受けるべき退職一時金 金二九〇万三、七五三円

(ロ) 中間利息の控除

右退職一時金は定年退職時にこれを受けるものであるから、本件事故(操死亡)後約五年後にこれを受領しうるものとみてホフマン式計算法により本件事故時の現価を算出(係数 0.8000)

金二三二万三、〇〇二円

(ハ) 死亡による退職一時金

金一六一万四、五〇〇円

(ニ) 退職一時金の減収による逸失利益

右の(ロ)から(ハ)を控除した額

金七〇万八、五〇二円

(2) 確定年金喪失による逸失利益

(イ) 確定年金額(年額)

金二〇万五、二〇〇円

(ロ) 支給期間

本件事故後約五年後から向う五年間

(ハ) 中間利息控除後の右逸失利益

ホフマン方式により本件事故時の現価を算出

(係数 7.9449-4.3643=3.5806)

金七三万四、七三九円

なお、原告らは、右(1)の退職一時金の減収、同(2)の確定年金喪失による各逸失利益のほか退職功労金の減収による逸失利益を主張する。しかし、前記甲第一号証の一、同第四号証及び証人井上嘉道の証言によれば、右退職功労金は、勤務成績が優秀であつた者または特に功労があつたと認められる者に対し、会社が一時金の一割以内に相当する金額を支給するものであるところ、冒頭記載の証拠によれば、井上操の従前の勤務成績が優秀であつたことは窺えるものの、右職種の性質上本件事故後約五年間の勤務状況ないし成績を予想することは困難であり、かつ、右功労金の支給基準じたい右のとおり必ずしも明確でないから、原告らの右主張は採用できない。

(三)  定年後の逸失利益

前記(一)、(二)の認定事実及び井上操は、本件事故にあうまで教員、保険会社営業員として一貫して勤務してきたこと(前記原告井上誠之助本人尋問の結果により認められる。)をあわせ考えると、同人は、本件事故にあわなければ、前記会社を定年退職後もなお三年程度は何らかの仕事に従事して稼働することが可能であり、その間年令別平均給与額(昭和五〇年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の年令別平均給与額を一・〇四四倍して作成されたもの)六六歳時の月額金九万七、〇〇〇円、年間にして金一一六万四、〇〇〇円程度の収入をあげうるものと認めるのが相当である。そして、前記(一)の認定と同様の理由により、右収入から生活費として二割を控除し、前記ホフマン方式により本件事故時における現価を算出すると、定年後の得べかりし利益は次のとおり金二〇七万一、二六八円となる。

1,164,000×(1-2/10)×(6.5886-4.3643)=2071,268

(四) 恩給受給権喪失による逸失利益について

原本の存在及びその成立につき争いのない甲第九、一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、井上操が原告ら主張の普通恩給受給権を有していたこと、及び同人の死亡によりその夫であつた原告井上誠之助において同人の恩給額の二分の一相当額の扶助料を受給していることが認められ、これに反する証拠はない。

ところで、右の普通恩給は、公務員であつた者が一定期間勤務した後退職したことを要件として支給されるものであるが、恩給法によれば、右恩給受給権は受給権者の死亡により消滅し、その譲渡、差押え等は原則的に禁止されていること、他方、右恩給受給権者が死亡した時には、これにより生計を維持し、またはこれと生計を共にしていた一定の遺族に対し扶助料を支給することとされており、これらの点から考えると、右恩給受給権は一身専属的性格を有するものと認められ、また、これは従前の稼働上の地位に基づくものではあるが、受給期間中の労務ないし稼働の対価でないのはもとより、いわゆる損失補償的要素よりは公務員であつた者及びその家族の生活の安定をはかる生活保障的要素が大であると考えられる。

しかして、不法行為に基づく損害の一種としての逸失利益とは、被害者の稼働能力が毀損されたため、もしもそのような事態が発生しなかつたならば本人において本来取得しうべかりし収益を喪失したことによる損害をいうもの(東京高裁昭和四八年七月二三日判決、判例時報七一八号五五頁以下参照)と解するのが相当であるところ、前記認定の右恩給受給権の性質等から考えると、右恩給受給権は本人の稼働能力の毀損とは直接的なむすびつきはないものとして、右の逸失利益にはあたらないというべきである。また、仮に、前記逸失利益を、侵害がなかつたならば、被害者が得たであろう所得の喪失とみ、或いは、右恩給受給権が従前の稼働上の地位と無関係ではなく、さらに給与の後払い的性格を有するものとしてその逸失利益性を肯定するとしても、前記のとおり右恩給受給権は一身専属性を有し民法八九六条但書の規定により相続の対象となりえないものであるから、将来受けるべき恩給受給権を侵害されたことにより本人が取得すべき損害賠償請求権を相続人において相続することもありえないものというべきである。

したがつて、原告ら主張の恩給受給権喪失による損害はこれを認めることができない。

(五) 慰謝料

前記一認定の事実に、記録にあらわれた一切の事情を総合勘案すると、本件事故による井上操の慰謝料額は金七〇〇万円をもつて相当と認める。

2  原告らの相続による承継分

前記一の事実によれば、原告らは、原告井上誠之助が三分の一、その余の原告らが各九分の二の割合でそれぞれ亡井上操の被告に対する損害賠償請求権を相続により承継したことが認められるところ、前記1の(一)ないし(三)及び(五)の合計額は金一六三五万八、三五四円となるから、原告らの承継額は、原告井上誠之助が金五四五万二、七八四円、その余の原告らが各金三六三万五、一八九円となることが計算上明らかである。

3  原告井上誠之助、原告井上昭弘の慰謝料

井上操と右原告両名の身分関係は前記一のとおりであり、成立に争いのない甲第一一号証及び前記原告井上誠之助本人尋問の結果によれば原告井上昭弘は精神薄弱者として特に母操の監護を必要としていたことが認められる。これらの点に諸般の事情をあわせ考えると、原告井上誠之助、原告井上昭弘の操死亡による精神的苦痛を慰謝すべき固有の慰謝料額は各金二〇〇万円をもつて相当と認める。

4  原告らの各損害額

右2及び3によれば、原告らの各損害額は計算上次のとおりとなる。

原告井上誠之助 金七四五万二、七八四円

原告富田通明、原告井上光紀

各金三六三万五、一八九円

原告井上昭弘 金五六三万五、一八九円

5  損害のてん補等

(一)  請求原因四の4、被告の主張4の(二)記載の事実は当事者間に争いがなく、右の事実によれば、原告らは、それぞれ次の金員を受領し、これを前記各損害に充当したことが認められる。

原告井上誠之助

自賠責保険金 金四六四万〇、五一六円

労災保険金、厚生年金等

金三〇一万一、四八一円

その余の原告ら

自賠責保険金 各金三〇九万三、六七八円

(二)  原告らが亡操の葬儀費用として、金一〇七万八、四五〇円を受領したことは当事者間に争いがないところ、亡操の年令、家族構成、社会的地位その他諸般の事情を考えると、本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用の損害額は金七〇万円と認めるのが相当であり、これを超える金三七万八、四五〇円については、原告らの相続分に応じ、原告井上誠之助につき金一二万六、一五〇円、その余の原告らにつき各金八万四、一〇〇円宛前記損害額に充当すべきものと認められる。

(三)  補助参加人は、被告が右のほかさらに金一一万六、九五五円を本件事故による損害賠償にあてるものとして原告らに支払つた旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(四)  そこで、右(一)、(二)の各金額を前記4の原告らの各損害額に充当すると、原告らの損害残額はそれぞれ次のとおりとなることが明らかである。

原告井上誠之助 残額なし(マイナス金三二万五、三六三円)

原告富田通明、原告井上光紀

各金四五万七、四一一円

原告井上昭弘 金二四五万七、四一一円

6  弁護士費用

原告井上誠之助が弁護士である本件原告ら訴訟代理人に本訴の提起、追行を委任したことは記録上明らかであるが、すでに判示したところから明らかなとおり右原告の損害はすでに存在しないから、右弁護士費用の損害賠償請求は理由がない(なお、右原告の弁護士費用の請求を、他の原告らにおいて支払うべき弁護士費用を含めて同原告がこれを支払うことを前提として、その全額を同原告において請求する趣旨であるとみても、前記その余の原告らに対する各認容額及び本件訴訟の経過等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の額は、原告富田通明、原告井上光紀につき各金五万円、原告井上昭弘につき金二〇万円(合計金三〇万円)と認めるのが相当であり、右金額も前記5の原告井上誠之助がすでに受領した金員によりまかないうるものであることが明らかである。)

四  結論

以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告富田通明、原告井上光紀が各金四五万七、四一一円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年九月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合に各遅延損害金の支払を、原告井上昭弘が金二四五万七、四一一円及びこれに対する前同日から支払ずみまで前同割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める限度において理由があるが、右各原告らのその余の請求並びに原告井上誠之助の本訴請求は理由がない。

よつて、原告富田通明、原告井上光紀、原告井上昭弘の各請求を右の限度で認容し、その余を棄却し、原告井上誠之助の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川端敬治)

(別紙) 損害計算書

1 定年後の逸失利益

期間 年齢別平均給与月額 生活費控除 年金現価率 現価率

A 56年4月~57年3月(65歳) 98,500×(1-50%)×11.68586216×0.83333333

B 57年4月~58年3月(66歳) 97.000×(1-50%)×11.68586216×0.80000000

C 58年4月~59年3月(67歳) 94,500×(1-50%)×11.68586216×0.76923077

D 59年4月~61年9月(68~70歳) 91,900×(1-50%)×28.21244588×0.74074074

A+B+C+D=484,963+453,411+424,736+960,268=¥2,323,378

2 恩給の受給利益喪失による損害(夫生存中の分)

期間 妻の恩給年額 夫の扶助料年額 年金現価率 現価率

A 51年7月~52年3月(9月)(601,200-300,600)×9/12

B 52年4月~52年7月(4月)(642,200-321,100)×4/12

C 52年8月~57年3月(56月)(674,200-337,100)×1/12×50.23845179

D 57年4月~65年11月(104月)(779,000-389,500)×1/12×86.24967159×0.8

A+B+C+D=225,450+107,033+1,411,299+2,239,593=¥3,983,375

3 恩給の受給利益喪失による損害(夫死亡後の分)

期間 恩給年額 年金現価率 現価率

E 65年12月~67年3月(16月)389,500×2×1/12×15.45803712×0.60606061

F 67年4月~72年2月(59月)410,300×2×1/12×52.65457732×0.57142857

E+F=608,175+2057,530=¥2665,705

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